飲み会も終わりに近づいた頃、僕はひっそりと部屋の隅に座っていた。周りでは、友達同士が賑やかに笑い合い、次々とグラスを空けている。そんな中、僕はただの影のような存在で、誰も僕に気づくことはない。サークルの飲み会では、いつもこうだ。僕はいつだって、遠巻きにみんなの輪を見ているだけ。話しかけられることも、話すこともほとんどない。だから今日も、そろそろ帰ろうかと思っていたそのときだった。
「ねえ、田中くんだよね?」
突然、声がした。僕は驚いて顔を上げると、そこにはサークルの中心人物、夏美が立っていた。彼女は誰にでも好かれるタイプの明るい女子で、みんなの人気者だった。彼女が僕に話しかけてくるなんて、信じられなかった。何かの間違いかもしれない。
「あ、うん…田中ですけど…」
思わず口をついて出た言葉はぎこちなく、緊張が体中を駆け巡った。夏美はそんな僕の様子を見て、柔らかい微笑みを浮かべた。
「今日は静かだね。いつもあまり目立たないけど、どうして?」
「いや、特に理由はないんだけど…ただ、あんまり人前に出るのが得意じゃなくて…」
自分でも声が震えているのがわかった。夏美の存在があまりにも眩しくて、正面から見るのが難しい。彼女は僕の言葉に微笑んで、くすっと笑った。
「ふーん、面白いね。もっと話したいなって思ったんだ。二次会、一緒に行かない?」
僕は心の中で、何度も自分に問いかけた。彼女はなぜ僕を誘うのだろう?これが何かの冗談や罰ゲームではないかと疑いたくなる。しかし、その笑顔は嘘には見えなかった。
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二次会のカフェで、僕たちは向かい合って座っていた。周りの騒がしさとは対照的に、僕たちのテーブルだけが静かだった。夏美はリラックスしていて、僕とは違い、落ち着いた様子でカップを持っていた。
「田中くん、なんでそんなに自分のことを卑下するの?」
彼女は急にそんなことを聞いてきた。僕は答えに詰まりながら、視線をカップに落とした。
「別に卑下してるつもりはないんだけど…僕って普通だし、特に面白いこともないからさ。」
そう言いながらも、心の中では、自分に何か特別な魅力がないことを痛感していた。だけど夏美は、そんな僕を否定するように首を振った。
「そんなことないよ。私はもっと田中くんのこと知りたいな。いつもみんなの後ろで静かにしてるけど、実はすごく面白い人なんじゃない?」
彼女の言葉に驚いた。こんな風に自分に興味を持ってくれるなんて思ってもみなかった。僕はただ困惑して、どう反応すればいいのかわからなかった。けれど、次の瞬間、夏美がさらに僕に近づいてきた。
「田中くん、今日だけは特別な夜にしない?」
彼女の声は甘く、僕の心臓は一瞬で早鐘を打ち始めた。その言葉の意味を理解するのに少し時間がかかったが、僕の中で何かが変わり始めていた。
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その後、僕たちは自然な流れでカフェを出て、彼女の提案で近くのホテルへ向かっていた。僕の頭の中は混乱していたが、彼女の手を握りしめた瞬間、その温もりがすべてを納得させた。僕はただ、彼女のリードに身を任せていた。
ホテルの部屋に入ると、薄暗い照明が部屋をやわらかく包んでいた。僕は緊張して足がすくみ、ベッドの端に座ると、手汗でじっとりとした手をズボンで拭いた。夏美はそんな僕の様子を見て微笑むと、ゆっくりと僕に近づいてきた。
「大丈夫、力を抜いて…」
彼女は優しく囁きながら、僕の手を取り、そっとキスをした。その瞬間、僕の頭の中で何かが弾けたように、彼女の存在が現実のものとして僕に迫ってきた。初めての感覚だった。彼女のリードに僕はただ従い、次第に緊張は解け、彼女の手の温もりに身を委ねていく。
ベッドの上で、僕たちは言葉を交わすことなく、ただお互いの存在を感じていた。彼女の優しさが僕の心を溶かし、今までの自分では考えられないほどの安堵感に包まれていく。彼女の指先が僕の肌を撫で、僕はその感覚に次第に慣れていった。彼女がリードしてくれる安心感の中で、僕は自分を解放していった。
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夜が明ける頃、僕はベッドの中でぼんやりと天井を見つめていた。隣で眠る夏美の姿を見て、これが現実なのかどうか、まだ信じられなかった。しかし、彼女の存在は確かにここにあり、僕は今まで感じたことのない安堵と自信を感じていた。
「また、会おうね。」
彼女は寝ぼけた声でそう囁き、僕の頬に軽くキスをした。僕はただうなずき、その言葉が頭の中で何度も繰り返されるのを感じた。そして、僕は少しだけ成長した自分を意識し始めた。
僕の人生は、この夜から確実に変わっていく。そう信じながら、僕は静かに目を閉じた。